バレたら一巻の終わり…北朝鮮の女性兵士が葬られた「禁断のラジオ」

日本の植民地統治下にあった朝鮮の京城放送局(JODK)で1942年12月、朝鮮人職員6人が逮捕された。容疑は、内地からの放送を聞くための短波受信機を使って、米国のボイス・オブ・アメリカ(VOA)や大韓民国臨時政府の放送を聞いていたというものだ。その後の逮捕者は京城放送局だけで40人、地方の放送局を含めると150人、放送を聞いていた民間人を含めると300人以上に達した。

京畿道警察部高等警察課の斎賀七郎が主導して行われた捜査と取り調べでは、多くの人が激しく拷問され、獄死したり、釈放後に死亡したりする者が相次いだ。これを短波放送密聴取事件という。この事件の半年前に起こり、韓国映画「マルモイ ことばあつめ」(オム・ユナ監督)のモチーフになった朝鮮語学会事件の捜査も、斎賀が指揮したものだった。

ちなみに、同じ受信機を使ってVOAの日本語放送を聞いていた日本人職員も、斎賀の取り調べは受けたが、結局処罰されることはなかった。

それから80年ほど経ったが、北朝鮮の状況は当時とさほど変わりない。VOAと同じ、米政府のグローバルメディア局が管轄するラジオ・フリー・アジア(RFA)の放送を聞いていた朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の女性無線手が摘発された。彼女に下された処罰は、植民地当局のそれより過酷とも思えるものだった。

匿名を要求した朝鮮人民軍の幹部が、ほかならぬRFAの記者に明かしたところによると、今年6月中旬、人民武力省庁舎内にある通信中隊の1級無線手として働いていた女性の分隊長が、RFAを聞いていたことが発覚し、軍の保衛局(秘密警察、旧保衛司令部)に逮捕された。

人民武力省と最高司令部の無線連絡を担当する任務を担い、優秀な人物であったと伝えられているこの女性。勤務中に受信機を使ってRFAの短波放送を聞いていたという。勤務が終わる前に周波数を変えておくのだが、この日に限って忘れてしまい、それを情報員(スパイ)に見つかってしまったというものだ。

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無線手はたいてい深夜勤務で、誰の目も気にせずに外国の放送を聞くことができる立場にあった。中でもRFAは、朝鮮語が正確で、受信状態もよく、脱北者が大勢出演するために、3年間に渡って愛聴していたようだ。

ちなみに、RFAの放送時間は午前0時からの4時間。同じ韓国・仁川の送信所の同じ周波数を使っているVOAの韓国語放送は、午後8時からの4時間。これは、VOAが韓国人を含めたより広範な聴取者を対象としているが、RFAは北朝鮮に住む人を対象にしていることによる違いと言えよう。つまり、官憲の目を逃れて密かに聞くには夜中のほうがいいということだ。

結局彼女は、管理所(政治犯収容所)送りとなってしまった。また、別の軍関係者によると、この一件はすでに先月中旬に発行された人民軍幹部学習資料に掲載されており、連座制でこの分隊長の家族も政治犯収容所送りになったと言及されているとのことだ。

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今回の件を受けて無線手に対する統制が強化され、指揮官や保衛指導員による抜き打ちの検査を行うように指示が下された。

3年以上勤務した兵士の間で、外国の放送を聞く行為は当たり前のように行われているが、特に人気があるのが、内容が理解しやすいRFAだという。しかしこれは、単に韓流ドラマや映画を見るよりも遥かに危険な行為で、2014年5月には、3軍団の指揮部の通信結束所で、RFAを聞いていた兵士が銃殺される事件が起きた。

朝鮮人民軍で幹部を務めた経験を持つ脱北者のカンさんも、無線通信業務を行いつつ6年にわたってRFAを聞き続けたが、一般人より軍関係者の方が外国のラジオに接する機会が多いと述べた。

北朝鮮向けのラジオ放送は、RFAのみならず、前述のVOA、韓国の公共放送KBSの韓民族放送、キリスト教団体や脱北者団体が運営するものなど多岐にわたるが、脱北者を対象にした調査によると、ニュースや娯楽が少ないものはあまり人気がないことがわかっている。

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女性分隊長の一家がどの管理所に送られたかはわからないが、北朝鮮によるこうした人権侵害や犯罪行為は、すべてではないが、来るべき裁きの日のために、韓国でデータベース化されている。

ちなみに、前述の斎賀は、朝鮮が日本の植民地支配から脱した直後の1945年11月2日、ソウル市内の自宅の近所の路上で何者かによって暗殺された。廃刊直前だった朝鮮総督府の日本語紙、京城日報はその死を次のように報じた。

思想警察の「悪魔」
最期は之れだ
斎賀七郎が路上で射殺さる