「このままでは全住民が死ぬ」北朝鮮都市 ”コロナ対策” が崩壊

北朝鮮最大の貿易都市、平安北道(ピョンアンブクト)の新義州(シニジュ)郊外にある朔州(サクチュ)に対して敷かれた新型コロナウイルス対策の封鎖令(ロックダウン)。

一切の外出が許されない状況で、適切な治療を受けられなかった赤ん坊が死亡し、それにショックを受けた父親が自ら命を絶つ事件が発生。地域の世論が悪化したことを受けて、外出禁止令については予定より10日早い今月14日に解除された。

(参考記事:「赤ん坊の死」で繰り上げ終了した北朝鮮のロックダウン

それ以降も、郡の境を越えての移動は禁止されていたが、23日午後6時ですべての制限が解除されたと、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

情報筋によると、外出禁止令解除から封鎖令の完全解除までの10日間で、正確な人数は不明ながら10世帯で餓死者が出ていた。郡内の人民班長(町内会長)は、1日1食の食事すらまともにできない絶糧世帯(食糧が底をついた世帯)が増え、餓死者が発生していると、事態の深刻さを洞事務所(末端の行政機関)や担当駐在員(地域担当の警察官)に訴えた。

洞(町内)の党書記を通じて動向報告を受けた郡党(朝鮮労働党朔州郡委員会)は、平壌の中央非常防疫委員会に「このままでは住民がすべて餓死しそうだ。老人や子どものいる家は特にひどい。配給を行うか、封鎖を解くかすべきだ」と問題を提起した。これを受けて、委員会はロックダウンの完全解除に踏み切ったとのことだが、実際は「解除」というより、「崩壊」に近い状態だったようだ。

1990年代の大飢饉「苦難の行軍」においても社会秩序が混乱したが、それに近い状況が生じる寸前だったと思われる。

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国からの食糧配給が途絶えて久しいこの地域では、個人で畑を耕して作物を栽培して食糧を確保している人も少なくないが、畑は郡の境の外にある場合も多い。移動規制が続けば例年なら3月に行う大豆の種まきをできず、「このままでは生きていけない」と悲鳴が上がるなど、強い不満の声が湧き上がっていた。

中には郡党の責任書記(郡のトップ)、郡の人民委員長(行政機関のトップ)宛に「今すぐに種まきをしなければ食べていけない」と抗議の手紙を送る者もいれば、彼らの自宅に塀越しに石や汚物を投げ込む者もいるなど、不満は最高潮に達していた。

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公式にロックダウンが解除されたのは23日だが、その1週間前から間もなく解除されるという話が出回り、郡の境の外にある畑に種まきに行く人も現れた。正式解除がそう遠くないことを知っていたのか、郡当局は境界線の外に出ようとする人を強く制止することはなかったという。

また、郡内の機関、企業所は、郡境外に畑を持つ男性従業員に対して、種まきを手伝えるように、半日または1日、出勤を免除するなどの配慮を行なった。

両江道の恵山でも、今月3日から始まった4回目の封鎖令が、極度に悪化した世論に恐れをなした当局が、わずか24時間で解除している。これもロックダウン「崩壊」の一種と言えよう。

(参考記事:ロックダウンわずか1日で解除…北朝鮮「コロナ対策」の朝令暮改

解除はされたものの、厳しいコロナ対策は続けられ、相変わらず住民への支援はないに等しい。

郡当局は、板幕(パンマク)駅周辺の50世帯、水豊(スプン)ダム周辺の20世帯、郡中心部の10世帯の合計80世帯に対して自主隔離を命じた。これは発熱、咳などの新型コロナウイルスの感染を疑わせる症状を示した者を自主隔離させよとの、中央の命令に基づくものだ。

また中央は、隔離された世帯から絶糧世帯が出ないように、洞や人民班で少しずつ食糧を集めて、貧しい人々に分け与えよとの指示を下した。公助を行わず、共助、自助で乗り切れということだ。

同じロックダウン地域でも、成分(身分)のよい人々が住む、両江道(リャンガンド)の三池淵(サムジヨン)市に対して、食糧援助が行われたのとは対象的だ。

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