北朝鮮「美人妻」が狂わせた都市青年たちの流血事件

北朝鮮の金正恩総書記の呼びかけに応じる形で、全国の若者が炭鉱や農村など労働力不足が深刻な地域への派遣を「嘆願」した件は、デイリーNKでも既報のとおりだ。

表面的には「嘆願」だが、実際は募集人数が割り振られ、志願を強制されるというものだ。この手の集団動員は、決められた数をこなすことばかりが優先され、中身が伴わないケースが多いのだが、案の定、派遣先で様々な問題が起きている。

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まず、黄海北道(ファンヘブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、黄州(ファンジュ)郡の高淵(コヨン)協同農場で、「嘆願」でやって来た20代の若者2人が、酒に酔って斧を振り回しての大乱闘を繰り広げ、それを止めようとしていた里党の書記の美人妻が巻き込まれ死亡する大事件が起きてしまった。

2人は書紀の家に居候していたが、妻がイケメンのA青年をえこひいきし、田植えを免除し、楽な仕事ばかりさせていた。それに不満を抱いたB青年との間でけんかになり、血みどろの惨劇となった。

(参考記事:金正恩氏が意のままにする「美人妻利権」の現場写真

A青年は一命はとりとめたものの重傷を負い、手錠をかけられたまま黄州郡人民病院で入院治療を受けている。B青年は現場から逃走したものの、安全部により逮捕され、現在取り調べを受けている。妻を失った里党の書紀は「恨みを晴らしてくれ」と嘆いているという。

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事件のことを知った農村の人々は「嘆願でやって来た若者がいつどう変わるかかわからない」と不安がり、自宅に居候させていた若者らを、隔離でもするかのように、青年分組作業班室に移動させ、住まわせているとのことだ。

「嘆願」を巡る事件は他にもある。平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、温泉(オンチョン)郡の金城(クムソン)協同農場で、平壌から「嘆願」でやって来た青年12人が、農民との軋轢、生産量に対するプレッシャー、生活上の困難などを理由に、農場から逃亡したと伝えた。

12人のうち3人は、逃げる際に農場で保管されていたディーゼルオイルを盗み出して売り払う事件を起こした。温泉郡安全部(警察署)は、3人が平壌に戻った可能性が高いと見て、平壌市安全部に捜査を依頼し、案の定彼らは平壌に戻って友人宅で身を潜めていたところを逮捕された。

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温泉郡安全部に身柄を引き渡された彼らは、留置場で処分が下されるのを待つ身となっている。彼らの家族は農場にディーゼルオイルを弁償し、現地の民泊に寝泊まりして3人に差し入れを行いつつ、処分が下されるのを待っている。

留置場のみならず、北朝鮮の拘禁施設はどこも栄養・衛生状態が劣悪で、食べ物や現金の差し入れがなければ健康を害し、ヘタをすると命を落としかねないからだ。弁償したことで、3人に対しては労働鍛錬刑(短期間の懲役刑)の処分が下されるものと見られている。一方、残りの9人も全員が拘束され、農場に連れ戻された上で、里党(地元の朝鮮労働党委員会)の思想検討(一種の吊し上げ)を受けることとなっている。

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同様の事件は、黄海南道(ファンヘナムド)海州(ヘジュ)市の煙陽(ヨニャン)協同農場でも起きていると、現地の内部情報筋が伝えた。市内中心部から「嘆願」してやってきた20代の若者5人が、種まき直後に撒く肥料7〜8袋を盗んで、市場で売り払い、得たカネを遊びで使い果たしたという。

5人とも逮捕され安全部に勾留されている。いずれも海州中等学院を出た孤児で、国の機関に配属されたが、「嘆願」を強いられて農場にやって来たという。籍は機関に置いたままの嘆願だったため、農場は機関に肥料代の弁償を要求したが、「親でもないのになぜ弁償しなければならないのか」と怒り心頭だという。

この機関は、彼らが機関で勤務中にも資材の横流しをしていたと主張しており、厳しい処分が下されるものと思われる。彼らは「自分たちのような孤児は、罪を犯せば親もいなくカネも力もないから、すぐに(安全部の)予審課に行くことになる」と嘆いているという。

(参考記事:数百円で量刑を3分の1にできる北朝鮮の司法制度

このように嘆願や志願、動員で集団で支援に入った人々が現場で役に立たないばかりか、犯罪を働いて現地の人々に迷惑をかける例は以前から続発している。被災現場に支援に入った兵士が盗みを働いたことに対して金正恩氏は、死刑を含めた重罰を下すと警告を下したことすらあったが、状況はまったく変わっていないようだ。

(参考記事:被災地支援に入った最精鋭党員を平壌から追放した当局の意図