「腐り切った思想の毒」金正恩命令に北朝鮮の母親たちが反発

「ベビーシッターを根絶せよ」

一瞬、何のことだか理解できないかもしれないが、これは北朝鮮の金正恩総書記が下した指示だ。

「無償教育」を誇る北朝鮮では、託児所から大学に至るまで、すべてが無料で利用できる。しかし、それはあくまでも建前。実際は、教師への付け届け、教材費、学校補修費などありとあらゆる名目で金品を徴収される。名門幼稚園の入園を巡って、ワイロが飛び交う「お受験」ならぬ「汚受験」も繰り広げられている。
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その一方で、一般の託児所は環境がお世辞にも良いとは言えず、経済的に余裕がある母親たちは、金品で個人のベビーシッターを雇い、子どもの世話をさせている。そこに出されたのが「ベビーシッター根絶令」だ。

平壌のデイリーNK内部情報筋によると、平壌市党(朝鮮労働党平壌市委員会)は22日、市内の各機関、工場、企業所、区域、洞(末端の行政単位)の党委員会に対して、金正恩氏の指示を含めた「党中央委員会第8期第3回総会決定書貫徹のための事業討議執行方案」を下した。

具体的な内容は、平壌市党は各級党組織の責任者が託児所、幼稚園の実態を把握し、女性たちが子どもたちを安心して預けられる施設にした上で、その結果を報告せよというものだ。

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平安南道(ピョンアンナムド)でも「道、市、郡、里、洞、人民班(町内会)までの党組織が責任を持って、託児所、幼稚園、中等学院(孤児院)の施設補修、改造、供給の問題が討議に付され、(責任を持って管理を行う)担当制が導入された」と現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

討議の場では、託児所と幼稚園は機関、企業所などの職場が運営することになっているが、子を持つ母親たちは、できる限り預けようとしないという実情が語られ、非衛生で寒く、湿気が多いなど環境が悪く、「責任単位(職場)の幹部の子孫観、人民観の問題」などと厳しい批判が行われたとのことだ。

各職場に託児所と幼稚園の運営に責任を持たせ、「自力更生」で環境を改善させようというものだが、運営・補修などにかかる費用の一切は職場が自主的に調達せよということだ。

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批判は、個々の母親にも向けられた。子どもを託児所・幼稚園に通わせず、ベビーシッターを雇い入れて世話をさせるのは「自分ひとりだけの安楽を追求しようとする個人主義の問題」と批判された。集団主義が重要視される北朝鮮では、個人主義は日本で言うところの「自分勝手」「エゴ」くらいの意味合いを持つが、思想教育の初期段階である託児所・幼稚園の機能を回復させ、集団主義を取り戻そうとする思惑があるものと思われる。

また、現在行われている非社会主義、反社会主義根絶キャンペーンと結びつけた上で、「ベビーシッターや家庭教師を雇うことは、腐りきった資本主義の古ぼけた思想残滓の余毒」などとも批判した。そもそも、個人が金品で別の個人を雇い入れる行為そのものが、よからぬ行いだと考えているのだ。

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さらに、1950〜60年代の大増産運動、千里馬(チョルリマ)運動の例に挙げ「自分の子どもだけを世話するのではなく、国と集団と信じて託児所、幼稚園に預けた結果、工場と農村で奇跡と偉勲の創造者となった」などと宣伝を行った。

さて、当の母親たちだが、ベビーシッター根絶令への反応は冷淡なものだ。「自分のカネでベビーシッターを雇うのは自分の勝手だ」という考えからだ。市場経済化が進展し、国のおかげではなく、自分の力で生き抜く術を知った女性たちに、国のために、集団のために個人の幸せを犠牲にする時代の思想を植え付けることこそが、「古ぼけた思想残滓」と受け止められているのだろう。

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また、「政策の進め方の順番が違う」との指摘も相次いでいる。託児所・幼稚園の環境の改善が先行すべきなのに、ベビーシッターの根絶を先行させているというものだ。

さらに、新型コロナウイルス感染のおそれから、託児所・幼稚園を避ける風潮もあるようだ。

「(当局は)コロナウイルス拡散をあれほど心配しているのに、伝染病(コロナ)にかかりそうな古ぼけた施設に子どもを預けろとこだわる理由は何なのか」(女性の声)

当面は、改善事例を国営メディアで大きく持ち上げたり、逆に改善が遅れている事業所の責任者を処罰したりするなど、アメとムチを使い分け推進に取り組むだろうが、思想優先で、現実を無視した命令、指示の類は、時が経つにつれうやむやになるのが北朝鮮の常。元の木阿弥になるのは時間の問題だろう。