北朝鮮「産婦人科の総本山」で相次ぐ死…背景に医療の闇
両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)の情報筋はその理由について、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の取材に、次のように答えている。
「産んでも、経済難による食糧、生活必需品不足で子どもをまともに育てられる環境じゃないからだ」
当局は、子どもを3人以上産んだ女性に、勤労動員や様々な物品供出のノルマを免除する特典を与えているが、そんなことで子どもを3人以上産もうとすれば「世間知らずのバカ扱いをされる」(情報筋)という。
(参考記事:響き渡った女子中学生の悲鳴…北朝鮮「闇病院」での出来事)
北朝鮮では「社会主義保健制度」の下で、無償医療が受けられ、誰でも安心して病院を利用でき、その後の育児、教育もすべて無償のはずなのだが、それは建前に過ぎない。実際は莫大な費用がかかるため、出産には慎重にならざるを得ないのだ。
そんな貴重な出産に向き合う病院の最高峰が、首都・平壌にある平壌産院だ。北朝鮮国営メディアのプロパガンダに頻繁に登場するところで、高度な医療が無償で受けられるはずなのだが、やはり現実は異なる。デイリーNKの内部情報筋は、平壌産院での医療事故について伝えている。
40代のカンさんが今月6日、息を引き取った。彼女は今年4月、胸と脇の下にしこりを発見した彼女は平壌産院を訪れ入院した。当然、乳がんが疑われたが、診察した医者はそれを見抜けず、がんではないと誤診、帰宅させた。ところが、その後に容態が悪化、5月に入院したものの亡くなってしまった。
医師は「(医療機器で撮影した)画像の画質がよくなかった」と釈明、責任回避に汲々としているとのことだ。
ところが、カンさんはそれだけの負担をする余裕がなく、治療をまともに受けられないまま、亡くなってしまったというのだ。地方からやって来た患者や、地方病院の推薦で入院した患者は、ワイロが支払えず、形ばかりの診察を受けることしかできないという。
ワイロが払えず治療が受けられないまま亡くなるケースは各地から報告されているが、医師や看護師がまともな給料を得られず、ワイロなしに生きていけない現状を無視して、彼らだけを責めるのは酷かもしれない。「仁術たる医」は、人は救えても、医師自身は救えないのだ。責任を問われるべきは、「無償医療」のプロパガンダばかりに力を入れ、ひどい現実を放置している当局の方だろう。
(参考記事:ワイロ払えない妊婦が放置される北朝鮮医療の現状)
患者を助けようとする医師の懸命の努力が悲惨な結果を生むこともある。2019年、両江道の三池淵(サムジヨン)の病院では、農薬を処方して患者に投与し死なせた医師が処刑されているが、こんなことになるならば、見殺しにしたほうがマシと考えてもおかしくはないだろう。
(参考記事:当直医の死で幕を閉じた北朝鮮「恐怖病棟」での出来事)
平壌産院では同様の事故が相次いでいる。2月には、30代のチェさんが出産途中に出血多量で死亡し、医療事故が疑われたが、結局は誰も責任を取ることはなく、病院側は遺族にこの件が噂にならないように口止めをしたという。
(参考記事:金正恩の極秘情報をたまたま知った「平凡な主婦」の悲惨な運命)