数百円で量刑を3分の1にできる北朝鮮の司法制度
以前と比べて軽い処罰で済まされるようになった脱北と強制送還ではあるが、パクさんの母親の強制送還は3回目。脱北の常習犯には教化刑(懲役刑)5年が量刑の相場だが、なんと1年半という軽い判決が下された。
母親が深く罪を悔いているわけでも、恩赦があったわけでもない。パクさんが「金日成・金正日基金」に寄付をしたからだ。その詳細をデイリーNKの内部情報筋が伝えている。
この基金の前身は、2007年10月に創設された「国際金日成基金」。「金日成主席の遺訓に従って、教育、保健、科学技術発展、国土環境保護事業を改善する」(キム・チョルホ副理事長)ということと、金日成、金正日両氏の遺体が葬られた錦繍山(クムスサン)太陽宮殿の維持管理の費用を募るために設立されたものだ。この基金を改変、拡大する形で2012年に「金日成・金正日基金」が作られた。
この基金は、北朝鮮の国内外で、外貨をかき集める集金マシーンとして使われている。
米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は昨年12月、ロシアの情報筋の話として、ロシアや中央アジア各国で営業している北朝鮮レストランが、店内の壁に、金日成・金正日基金のポスターなどをがベタベタと貼り付け、会員を募っていると伝えた。また、現地の北朝鮮系の貿易会社には、大量のパンフレットと入会申込書が送りつけられてきたとも伝えている。
寄付をして会員になるメリットとしては、出入国手続きの簡素化、専用飛行機に乗ってのスペシャルツアー、さらには、北朝鮮国民なら絶対に許されない革命の聖地である両江道(リャンガンド)にある三池淵(サムジヨン)での水泳などだ。
(参考記事:拝金主義蔓延の北朝鮮、革命の「聖なる池」でもカネを払えば泳げる!?)しかし、年間に個人は1200ユーロ(約14万円)、企業は3万ユーロ(約360万円)という高額な登録費と会費に釣り合うメリットはない。そのせいか、会員募集に苦戦していたようだ。
そこで、国内での募集にも力を入れるようになった。
その一環として、中世ヨーロッパのカトリック教会が資金集めのために売り払った、罪を軽減する「免罪符」と同じ形で、カネを集め始めたということだ。パクさんは、母親が強制送還されたという話を聞き、大慌てで寄付約定書を作成、指定された銀行口座に30万北朝鮮ウォン(約390円)を入金した。
外国人の会員と比べると、実に安い金額だが、朝鮮労働党安州市委員会は「祖国と人民の守護の先頭に立ってきた偉人たちの恩に対する忠誠心からの恩返し」だと宣伝し、母親の罪の軽減につながったという。
(参考記事:「量刑はワイロで決まる」北朝鮮の常識)北朝鮮の教化所(刑務所)は、世界最悪の人権侵害国家と呼ばれる北朝鮮の中でも、さらに劣悪なところだ。一度入れば行きて帰ってこれない可能性すらある。パクさんは母親を思う気持ちで、基金への募金をしたのだろう。
(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態)
情報筋は「国に財産を献納して善処してもらう事例はあったが、基金を出して罪を軽くしてもらった事例は初めて見た」としつつ、「(密かに)ワイロを掴ませたのではなく、堂々と基金にカネを払って罪を減免させたもので、国民の目線は厳しい」とも伝えた。
基金が免罪符として使われる事例は他にもある。
RFAの両江道(リャンガンド)の情報筋は今年7月、R現地で金日成・金正日基金の納付証明書と勲章の授与式が行われたと伝えている。ところが、授与式の壇上に上がった面々を見て、驚いたという。授与者のほとんどが中国との密輸を行っている人々だったからだ。
現地では密輸に対する取り締まりが強化されており、彼らは数万元単位の資金を寄付することで、取り締まりから逃れようとしているのだと情報筋は見ている。これも一種の「免罪符」であり、パクさんの事例と同じだ。
金親子の遺体の保存に巨額の予算がかかっていることは両江道の田舎でも多くの人が知っていて、密輸業者がその罪を免れるために払ったカネが使われ、表彰状まで授与されたことに多くの人が怒りをあらわにしていると情報筋は伝えた。