「牛乳風呂」をたのしむ北朝鮮の上流階級

平壌市内には、数多くの高級レストランやレジャー施設がある。党幹部やドンジュ(金主、新興富裕層)は、スパでひと風呂浴びて、マッサージを受けて、美味しい料理に舌鼓を打ち、1日に数百ドル以上を使う。体制により「選ばれた人々」だけが住むことのできる平壌でも、そんな贅沢三昧ができるのは、一握りの上流階級だけだ。

金正恩第1書記が使う秘密資金を稼ぎだす労働党39号室で、貿易の仕事に携わっていたキム・ミョンチョル(仮名)さん。仕事上のミスで身の危険を感じ脱北、今では韓国で暮らしている。そんなキムさんが最近、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に北朝鮮の上流階級の暮らしを語った。以下は、それを再構成したものだ。

北朝鮮にいた頃、外貨稼ぎに携わる特別な地位にあったキム・ミョンチョルさんは、平壌市内中心部のマンションのワンフロアすべてを自宅として使っていた。家族連れで高麗ホテルを訪れ、1回の外食に1000ドルも使ったこともある。それでも「平壌では上流階級のうちには入らない」と語るキムさん。それもそのはず、ホンモノの上流階級はキムさん一家でも想像がつかないほど豪華な暮らしを送っているからだ。

平壌郊外の南浦(ナムポ)に名水の湧く泉があるんですが、毎朝大量の水を汲み上げて、200台もの給水車に乗せて運ぶんです。そして、中央党幹部の家に毎朝6時半配達します。普通の水なんかではご飯は炊きたくないからと。

肉類や卵も毎朝配達されます。3日に1回は野菜の配達が来ます。郊外の農場で採れた野菜を配達してくれるんです。私らには想像もできない暮らしですよ。

高級幹部は、一般庶民には想像もつかないような、贅沢三昧の暮らしを送っている。キムさんによれば、こんなエピソードもある。

知人に用事があって電話をしたところ「今、お風呂に入っている」と。「なんでそんなに時間がかかるのか」と聞いたら、牛乳風呂に入っているというのです。

指導員クラス以上の場合、韓流ドラマも外国ドラマも見ています。そこに出てくる牛乳風呂を真似したみたいですね。美容に良いみたいだからと。

平壌では、食の問題は概ね解決されたというが、地方ではいまだに食糧不足に苦しむ人がいる北朝鮮で、バスタブに牛乳をなみなみと注いで牛乳風呂を楽しんでいる人がいるのだ。そんなことが庶民に知れ渡ったら、大変なことになるのではないか。

いまのところ、そんな暮らしをしている人の存在は、平壌の市民でも一部でしか知られていません。また、地方の人には一切知られてはいけない。みんな怒って立ち上がるでしょうからね。徹底的にベールに隠されています。

例えば、上流階級の家には北朝鮮では見たこともないような珍しいフルーツがいっぱいあります。地方から親戚が遊びに来たら、フルーツやら美味しいものを腹いっぱい食べさせます。しかし、絶対に持ち帰らせることはないんですよ。証拠になるからです。でも、持ち帰らせないから、親戚が地元で誰かにそういう話をしても、相手は信じようとしないわけです。

では、そういう人たちはどのように生計を立てているのだろうか。

彼らは仕事らしい仕事はしていません。収入はすべて、口利きをした対価として受け取った現金や品物です。

北朝鮮で仕事をするには、コネがなくては何もできません。そこで権力者に近づき、親しくしてチャンスを得ます。

その知人は抗日パルチザン出身者の息子、つまり北朝鮮では最も優遇された階層ですね。そういった何らかの特殊な地位にある人が、その威光使って口利きをするんですよ。

例えば、北朝鮮で売買したくても、中国からの輸入許可と販売許可が下りないものがあるとします。するとこの知人に多額のワイロを渡します。この知人が中央党の外貨稼ぎ処に行って「39号室にカネをいくらか上納する」と伝えると、許可が出るんですよ。

そんなこんなでどんどんカネが転がり込んでくるから、愛人の女性に1ヶ月に2万ドルも貢ぐほど豊かな暮らしをしています。

キムさんは、牛乳風呂に入れるほどの大金持ちではなかったが、非常にいい暮らしをしていた。しかし、カネがいくらあっても買えないものがあった。

いくらカネがあっても買えないもの――それは自由だ。

酒の席では特に気をつけます。女性の話をしても全く問題になりません。例えば、性的暴行したという話であっても問題になりません。しかし、どこの暮らし向きがいい、どこが貧しいといった話や、金正恩一家の話をすれば、すぐに捕まってしまいます。

朝になると、忽然と姿を消しているのです。人民班長によれば「保衛部(秘密警察)がやって来て、車に乗せて連れて行った」と。だから、平壌の人々は、金正恩一家についてあまり知らないし、知ろうともしません。

実際、キムさんも保衛部(秘密警察)に何度が連行された経験を持つ。それも、言いがかりとしか言えない理由で。

仕事上のミスで何回連行されたかわかりません。不安に怯えつつ保衛部に行ったらこんなことを聞かれました。「キキョウとキノコを輸出しろと指示があったのに、なぜ銅を輸出したのか」と。ほとんど言いがかりです。権力者にカネを上納して、話をしてもらってようやく釈放されます。

ある日、キムさんは仕事上のミスを犯した。その時、思い浮かべたのはある友人のことだ。

友人は日本との取引で得た1万ドルを張成沢氏(注・正恩氏に処刑された叔父)に上納していました。ところが、そんな彼も酒の席での失言で、女性問題とかなんとか揚げ足を取られて、銃殺されてしまいました。そんな不安に怯えながら暮らしていたんですよ。

そして彼は脱北した。

自分は、1回の食事に1000ドルも使うほど豊かな暮らしをしていましたが、いつも不安に苛まれていました。いつ自分も連行されて、銃殺されるかわからないから。お金があってもずっと不安だなんて、変な国ですよ。