「金正恩が手ぶらで帰って来た」…北朝鮮国民の毒舌に「うわさ話禁止令」

北朝鮮では今月10日、国会議員にあたる最高人民会議の代議員を選出する選挙が行われた。選挙とは言っても、国が決めた顔も名前も知らない候補者に賛成票を投じるだけの儀式のようなものだ。

北朝鮮には民主主義の仕組みに基づき、国民の意思を政治に反映する装置は存在しないが、だからといって同国に世論が存在しないということではない。その世論を誰よりも気にし、そして誰よりも恐れているのは、北朝鮮政府であり金正恩党委員長だろう。

先月末にベトナムのハノイで行われた米朝首脳会談が物別れに終わったとの知らせは、既報のとおり、北朝鮮国内でも急速に拡散している。これを受けて、当局は世論を抑えつけるのに必死になっている。

金正恩氏がベトナムから帰国した今月初め、平安南道(ピョンアンナムド)の人民委員長(知事)、道党(朝鮮労働党平安南道委員会)の委員長、平城(ピョンソン)市の人民委員長(市長)、市党委員長、保安局長(警察本部長)、保安署長(警察署長)が市内の玉田(オクチョン)市場を視察した。

その直後に、市場の労働者糾察隊が増員され、市場外で無許可で営業する行為や、市場内で商人や市民が集って世間話をすることを厳しく取り締まった。それは、米朝首脳会談に関する「うわさ話」をブロックするための措置だ。現地の内部情報筋が伝えたうわさ話とは、次のようなものだ。

「元帥様(金正恩氏)がトランプ(大統領)に会ったが、元も取れないまま帰ってきた」

中にはこんな毒舌を吐く人もいるそうだ。

「賢く振る舞えなかったせいで、もらえるものももらえずに帰ってきて、その結果として制裁が強化されるだろう」

このような取り締まりは、平城の市場が全国有数の卸売市場であると同時に、全国の口コミネットワークの発信地であることと関係している。

地方から平城にやってきた商人は品物を買い付けると同時に、市場で様々な話を聞いて地元に持ち帰る。そして、地元の市場でそれを話す。このような形で、うわさがあっという間に全国に広がってしまうのだ。

本来、北朝鮮で最高指導者の権威を貶めるような行為は重罪に問われるが、これほど大きなイベントの後とあっては、人の口には戸が立てられない。

当局は自分たちに都合の悪いうわさ話が急速に広まるたびに、箝口令を敷くなどして抑えつけてきたが、今回も同じ手法を使っているというわけだ。

そんな雰囲気の中で、市場の景気はさらに冷え込んでいる。特に電化製品など贅沢品が売れないため、商人は値段を下げているものの、それでも売れない。通常この季節は、秋の収穫の分配を受けて電化製品を買おうとする農民が市場に多くやってくる。しかし昨年の凶作で懐が寒い農民が、財布の紐を固く締めているというのだ。

また、市場を訪れる人そのものが減っており、商人は苦しい思いをしている。国際社会の制裁の影響がますます深刻化し、米朝首脳会談も物別れに終わったことから消費心理が冷めきっていることを表す。相変わらず賑わっているのは、穀物を売る店くらいだという。

取締官に品物をすべて没収され、泣きながら激しく抗議するような光景が繰り返されており、商人の反発も高まっている。世論を安定させようと商人を強権で抑えつけると、当局はとんでもない形の反発を買う可能性すらある。結局のところ、国内を安定させるためには、金正恩氏が「良い結果」を持ち帰るしかないのだ。