北朝鮮で注目「赤い自転車の女」殺人事件の顛末
言い渡された刑は、一般的な量刑の相場より軽いものだった。このような場合には、市民の間から不満の声が上がるものだが、今回に関してはそうなっていないと、デイリーNKの内部情報筋が伝えた。
情報筋によると、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)に在住する元兵士は、25歳の女性を殺害し、自転車と現金を奪ったが、後に逮捕された。先月中旬に公開裁判が行われ、そこで言い渡されたのは教化刑(懲役)10年の刑だった。それに対して市民の大多数が「死刑になると思ったのに」と驚きを示しているという。
大幅な減刑となった理由は、その不幸な身の上にある。
この元兵士は、10年にも及ぶ兵役を終えて昨年、故郷の清津に戻ってきたが、家はもぬけの殻になっていた。兵役中に両親ともに亡くなっていたのだ。生まれ育った家で一人暮らしを始めた元兵士だが、食べものをいかに確保するかという問題にぶち当たった。
兵役を終える前の兵士は、商売に手を出したり違法行為に手を染めたりして、今後の生活資金を稼いでから除隊する。除隊時に所属部隊から受け取るのは、わずかばかりの食べ物だけだからだ。
(参考記事:北朝鮮「列車に乗っていたら飢え死に」その理由は)しかし、充分な生活資金を準備できるのは、密輸や脱北を見逃す代わりに多額のワイロが受け取れる国境警備隊や、市場がある都市や近郊に駐屯している部隊の兵士くらいで、後はほぼ、着の身着のままの状態で軍隊から投げ出される。
(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為)
この兵士は、清津市人民委員会(市役所)を訪ねて、就職口の斡旋と食料の配給を求めたが、うまく行かなかったようで、市場に出て物売りをしてその日暮らしをするようになった。
彼は、輸城川(スソンチョン)の渡し船に乗って市場に出勤していたが、船で赤い自転車を持った20代の子連れの女性を見かけた。自転車を持っているくらいなのだから、ある程度財産があるだろうと思ったのか、元兵士は船から降りた女性の後をつけて襲いかかり、現金と自転車を奪おうとした。ところが、女性が叫び声を下げて激しく抵抗したため、顔と鼻を手で強く押さえつけて窒息死させてしまったという。
通報を受けた清津市保安署(警察署)は捜査に乗り出し、被害女性のものと思われる赤い自転車に乗っていた元兵士がいるとのとの通報を受けて逮捕した。
元兵士は取調べに素直に応じた。また、隣人たちも彼の普段の生活態度や気の毒な事情を語り減刑を求めた。
予審(捜査終了後起訴までの追加捜査、取り調べ)を終えた保安署は、生い立ちや兵役、両親が亡くなったこと、生活苦の中にあったことを踏まえ、偶発的な犯行だとの報告を上げたようだ。その結果、大幅に減刑された懲役10年が言い渡されたというわけだ。
通常、量刑相場から大きく外れた判決が出た場合、何らかの裏取引があると考えるのが一般的だが、今回の場合は、元兵士の苦しいながらも誠実な生活態度が反映された裁判結果だとして、市民は驚きつつも、不満の声は上げていないと情報筋は伝えた。もちろん、被害女性の遺族は別だが。
(参考記事:わいろの額で「拷問メニュー」が変わる…北朝鮮「虐待収容所」の内幕)この兵士は、咸鏡北道会寧(フェリョン)にある全巨里(チョンゴリ)教化所(刑務所)に移送され、現在服役中だ。減刑はされたものの、人権侵害の温床で衛生状態が極めて悪い上に、食べ物を差し入れする家族がいない彼が、生きて出所できるかは誰にもわからない。
(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態)