金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

朝鮮労働党機関紙・労働新聞は昨年7月11日、「深い夜、朝早くから訪ねて来られ」と題した記事を掲載した。正恩氏が2013年9月、当時建設が進められていたレジャー施設「紋繍(ムンス)ウォーターパーク」の工事現場を早朝や深夜に前触れもなく訪れ、仰天する担当者たちとともに、細部まで見て回ったとする内容である。

「ミンチ」にして処刑

この記事に書かれていたわけではないが、筆者は、金正恩氏が自ら愛車をドライブし、工事現場に向かったものと考える。実際、正恩氏が愛車のベンツを自分で運転しているとの話は、「金正日の料理人」として知られる藤本健二氏から、テレビ番組で共演した際に直接聞いたことがある。

ほかにも、普通の人と同じトイレを使うことのできない正恩氏が、専用車にトイレの代用品を乗せているとの話も伝わっている。

2010年初め、黄海南道(ファンヘナムド)に駐屯する朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第4軍団のある師団長の専用車が、軍総政治局の会議に参加するため平壌に向かっていた。
彼が乗っていたのは、排気量3275ccのSUV「パラディン」。中国の自動車メーカー・東風汽車と日本の日産自動車の合弁会社が生産しているもので、北朝鮮は2007年、この車を300台輸入し、軍の師団長と師団政治委員たちに与えた。

当時の北朝鮮では、最新の車である。そんな車を、普段は田舎のデコボコ道で走らせるばかりだった件の師団長は、首都に通じる高速道路に進入するや、整然と舗装されたアスファルトに気分が浮き立ったようだ。

「おい、思い切り踏んでみろ」
たぶん、運転兵にこのような指示を与えたのだろう。パラディンはぐんぐん加速し、夜間でもあり車のまばらな高速道路を疾走した。

すると、彼らの車に追い越された1台の乗用車が猛然と追い上げてきた。そしてパラディンを追い越し、道をふさぐようにして止まった。見ると、車種はメルセデスベンツの「S600」である。

北朝鮮では、ベンツは朝鮮労働党の幹部だけが乗ることができる。それも、大臣クラスの党書記ですら「S280」止まりである。

それをはるかに上回る高級車に乗っているのは誰か。師団長も運転兵も、すっかり怯えて固まってしまった。
するとS600の窓が開き、ひとりの若者が顔を出すと、パラディンをひとにらみして何も言わず行ってしまった。

翌日、軍総政治局の会議場に、その師団長の姿はなかったという。軍事行政トップである人民武力相のささいな言動に激高し、文字通り「ミンチ」にして処刑してしまう正恩氏の気の短さを考えれば、師団長が悲惨な末路を辿ったであろうことは想像に難くない。

(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び…

正恩氏はこの「ベンツ追い越し」事件の前年には、父・金正日総書記の後継者となることが決まっていたとされる。もしかしたら正恩氏は、前途への不安と重圧の中、気分を紛らわすため夜のドライブに出ていたのかもしれない。

そんなタイミングでかち合ってしまうとは、師団長も運転兵も不運というほかない。金正恩氏の車についてのエピソードは他にもある。

金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

北朝鮮のトイレ事情は、贔屓目に言っても「良い」とは言えない。
(参考記事:【画像】北朝鮮の公衆トイレ。正恩氏がこれを使うことは絶対にありえない。

高級ホテルは総じて清潔だが、外国人が訪れるようなレストラン、観光名所のトイレも、あまり清潔でなく設備が破損していることが少なくない。さらに高速道路には、サービスエリアが非常に少ないため、急に便意を催したら、周囲の畑などを「利用」するしかない。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない3つの理由

北朝鮮の最高指導者である金正恩第1書記でさえも、お国のトイレ事情に不便な思いをしているようだ。

金正恩氏の「おまる」

護衛総局の事情に詳しい平安南道(ピョンアンナムド)の内部情報筋が、「最高指導者のトイレ事情」を語ってくれた。護衛総局とは最高指導者を護衛する直属の「近衛兵」、いわば金正恩氏に最も近い部隊である。火気厳禁の化学工場の現地指導でもタバコを吸うなど、一見やりたい放題の金正恩氏だが、たとえ急に便意を催したとしても出先のトイレを気軽に使えない。その理由は大きく分けて三つある。

一つ目は、神格化された存在である最高指導者が、用を足している姿を他人に見られてはならないからだ。金正恩氏の乗る1号列車には、金正恩氏専用のトイレ専用車が連結されているくらいだ。

トイレ専用車は「神聖不可侵」なスペースで「北朝鮮の実質的なナンバー2の黄炳瑞(ファン・ビョンソ)氏ですら、このトイレを使ったら銃殺されかねない」と、情報筋は明かす。

二つ目は、警護上の理由だ。金正恩氏が外部のトイレを使うことは絶対にありえない。普段とは違い、朝のトイレに行かなかったり、移動中にトイレに行くとなると、警護体制に変更が生じるため、護衛員たちは緊張状態に置かれる。

北朝鮮の公衆トイレにある、水を溜めておくところ。用便を流したり手を洗ったりするのに使う。
北朝鮮の公衆トイレにある、水を溜めておくところ。用便を流したり手を洗ったりするのに使う。

また、金正恩氏は高速道路を使って移動する際にはベンツを使用するが、便意を催したとしても勝手に車から降りて、トイレ専用車に移動するわけにはいかない。そこで、車内で小便用の「おまる」を使用するという。

三つ目は、金正恩氏の健康上の理由だ。最高指導者の健康をチェックするには「便」の状態をチェックする必要がある。しかし、外部のトイレを使うとそれもできなくなる。

金正恩氏のトイレ問題を全面的に取り仕切っているのは、護衛総局だ。国家機密中の機密であるだけに、護衛総局の要員にとって最もきわめて敏感な問題だという。

金正恩氏のもう一つの顔は「深夜の走り屋」

北朝鮮の国営メディア「朝鮮中央通信」によると、朝鮮労働党の金養建(キム・ ヤンゴン)書記(享年73才)が12月29日未明、交通事故で死去した。金養建氏は、韓国との交渉経験も豊富で、北朝鮮外交のキーパーソンの一人だ。

一部では「交通事故死」の発表を、額面通りにとらえて良いものか、との指摘も出ている。かつて北朝鮮国内の権力闘争とのからみで、自動車事故を装った「謀殺説」が出回っていたためだ。

(参考記事:北朝鮮、9ヶ月間で労働党幹部3人死亡のミステリー

悲しそうな正恩氏

しかし筆者は、今回の件は交通事故だったと見ている。

仮に金正恩氏にとって、金養建氏が除去しなければならない存在だったとしても、 わざわざ交通事故による暗殺という回りくどい方法を取る必要はない。

何故なら金正恩氏は、裁判すらせずに側近を処刑していると言われているのだから。

(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射砲」、人体が跡形もなく吹き飛び…

専用ベンツでこっそり

それに金養建氏の遺体を対面した金正恩氏の表情は、意外にも本当に悲しそうに見える。
(参考記事:金養建氏の遺体と対面した金正恩氏
さらに、「平壌で交通事故は決して珍しい話でもない」と語るのは、ある脱北官僚だ。「北朝鮮の指導層は、頻繁に酒宴を開く。なかには、酔っ払ったまま車に乗って帰る人物もいる。しかも交通量が少ないから、時速100キロぐらいで飛ばすのは当たり前だ」

しかしだからこそ、金正恩氏は金養建氏の悲報に肝を冷やした可能性がある。

「走り屋」体質!?

現地指導の際、直属の親衛隊に守られて、トイレさえも自由に行けず、専用車のベンツに「代用品」を載せる正恩氏だが、時折、突拍子もない行動で護衛部隊を困らせているという。さらに、平壌市民の間では、「元帥様(金正恩氏)が、夜中にこっそり専用ベンツに乗って平壌市内をドライブしている」という噂が広がっている。

正恩氏が、深夜の平壌ドライブでストレスを発散しているのか、あるいは元々「走り屋」体質なのだろうか。いずれにせよ、北朝鮮の指導層が正月をどのように過ごすのかは分からないが、政治では暴走しても、運転ではスピードの出し過ぎに注意するのが本人のためだろう。