一度に500人犠牲も…殺人的「速度戦」を金正恩氏が止めた理由

こうした無理難題に応えるために用いられるのが、金正恩氏も口にした「速度戦」と呼ばれるキャンペーンだ。

「速度戦」という言葉は1974年2月に登場した。金正恩氏の父・金正日総書記が、1976年までの経済6カ年計画を、党創建30周年(1975年10月10日)までに前倒しして終えようと呼びかけたのがきっかけだった。

要は何が何でも工期を守るための突貫工事なのだが、目標設定があまりに無茶なために「やっつけ仕事」にならざるを得ないのだ。もちろん、安全対策もおざなりで、大量死亡事故が繰り返し起きている。1984年には建設途中の橋梁が崩壊し、500人の死体が河原に散乱する地獄絵図が繰り広げられた。

北朝鮮国民にとっては、まさに「殺人キャンペーン」も同様なのである。